豊臣秀吉は朝鮮出兵にあたり、
壱岐・対馬への最短の地である名護屋に築城。
1591年10月に起工、翌年2月に完成したといわれます。
大阪城と並び賞されるほどのお城だったとか・・・。
もともとは名古屋筑前守経述の居城で、
それを大きく改造したものだそうです。
秀吉死去により廃城になり、
唐津城築城の際、建物の大部分を移したと伝えられています。

三の丸
 とても広い空間が広っています。
名護屋城博物館
本丸跡碑
名護屋城跡
- 平成17年4月9日・鎮西町 −
天主台跡からの眺めはすばらしいです。