先土器時代
        先土器 三日月犬塚山遺跡、伊万里市平沢良遺跡、多久茶園原遺跡、三年山遺跡。

縄文時代
       縄文早期 唐津枝去木・牟田辺辻遺跡、東脊振村戦場ヶ谷、佐賀市金立町大門遺跡。
          前期 唐津市西唐津海底、相知町千束新田竪穴住居、伊万里市波多津町筒井分教場跡北方。
          中期 鳥栖市田代町柚比遺跡、神埼町岩田狐隈遺跡、大和町野瀬南方。
          後期 上峰町井手口・切通北方遺跡、唐津市佐志笹尾遺跡。
          晩期 唐津市佐志笹ノ尾・菜畑遺跡。

弥生時代
       弥生前期 唐津市宇木鶴崎・汲田・相崎石蔵堂遺跡、丸山遺跡吉野ヶ里遺跡墳丘墓。
          中期 鳥栖市田代町曽根崎・柚比遺跡、三根町西島貝塚、鹿島市旭ヶ丘、武雄市朝日町上滝遺跡。
          後期 唐津市桜馬場遺跡、浜玉町瀬戸口遺跡、白石町多田遺跡、吉野ヶ里遺跡環濠集落。

大和・奈良時代
       古墳前期 浜玉町谷口古墳、佐賀市金立町銚子塚、唐津市久里双水古墳
          中期 浜玉町横田下古墳、大和町久池井森ノ下古墳、大和町久留間船塚古墳、三日月町西分円山古墳。
          後期 佐賀市金立町西隈古墳、久保泉町関行丸古墳。
          665 基肄城を百済の遺臣に築かせる。
          733 「肥前風土記」の編集が始まる。
          750 吉備真備、肥前守に左遷される。
         1082 佐嘉荘、大宰府天満宮安楽寺領となる。

平安時代 
         1095 興教大師藤津荘に生まれる。
         1133 平忠盛、院宣と称し、神埼荘で宋船との貿易の利を独占
         1144 大和町築山瓦経塚できる。
         1167 平清盛、杵島郡に大巧田を与えられる。
         1186 高木宗家、佐賀郡甘南備の地頭となる。草野永平、松浦郡鏡社宮司になる。

鎌倉時代
         1238 神子栄尊、宋から帰り、佐賀郡河上に万寿寺を建てる。
         1274 蒙古軍松浦地方を侵す。松浦党、白石・千葉氏、他肥前の諸氏、松浦・博多沿岸で応戦。
         1281 松浦党、龍造寺氏ら肥前武士、壱岐島で蒙古軍と戦う。

南北朝・室町時代 
         1331 後醍醐天皇、東妙寺を祈願寺とする。
         1333 龍造寺氏他、肥前御家人ら少弐氏に従い、鎮西探題を攻める。
         1336 千葉胤貞ら足利氏に属し、多々良浜で戦う。阿蘇惟直天山にて自害。
         1350 足利直冬、肥前国御家人を召す。
         1355 懐良親王、神埼郡妙法寺に禁制を掲げる。

戦国時代   
         1361 秋、松浦党諸氏・龍造寺氏ら、少弐氏に従い、宮方の軍と大宰府にて戦う。
         1467 渋川教直と今川胤秋、千葉教胤の軍と佐賀・小城で戦うが敗れ、胤秋以下多数戦死。
         1469 松浦党・東肥前の武士ら、少弐氏に従い、筑前で戦う。

安土・桃山時代
         1497 少弐政資、大内氏と戦い敗死。
         1530 田手畷の戦(三田川町)で龍造寺家兼ら大内氏をやぶる。
         1570 今山合戦(大和町)で大友勢を撃退。
         1584 龍造寺隆信、島津・有馬連合軍と戦い戦死。
         1587 龍造寺政家、秀吉の島津氏征伐に従う。
         1588 龍造寺政家、領国の実権を鍋島直茂に譲る。鍋島直茂、長崎代官を命ぜられる。
         1591 名護屋城普請始まる。
         1592 鍋島直茂ら、朝鮮に出陣。
         1595 寺沢広高、唐津領を賜る。

         
佐賀歴史年表・1
参考文献
     「佐賀県の歴史散歩」山川出版社
     「佐賀県の歴史」   山川出版社
(2)江戸 (3)明治〜平成